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Cielo Estrellado Report

相鉄 航空隊線

その休止線は、近代の街中に「古の街」を思い起こさせる。

2008315日 調査

※この路線は廃線に等しい状態ですが、実際の扱いは「休止線」です。


まえがき

幼い頃の私は、確かにそれを網膜に焼き付けていた!

相模大塚駅の海老名寄りで、本線とは別の方向に伸びて行く1本の路線を。

 

何時しか、その線路は「専用線」だと、直感で思うようになった。

そしてそれを調べた結果、それは「厚木海軍飛行場」への専用線だったのだ。

 

その専用線は既に廃線状態の休止線だった。その休止線を調べようと決心してから、早1年が経過しようとしていた…

とうとう私は何故か重かった腰を上げ、友人を連行(?)してこの廃線の調査に乗り出したのである。

 

 

今回の調査は、相鉄相模大塚駅からスタート。

ダイヤ改正初日の2008年3月15日、私は友人を伴って相模大塚駅のホームに降り立った。

 

相模大塚はあまり行く機会がないこともあり、今まで調査対象にはしていたものの行ったことは皆無であった。

 

この写真は、相模大塚駅の海老名よりの方にある踏切で、左を走るのが本線、そして中央から右にかけてカーブしていく錆び色の線路が、紛れもない「航空隊線」である。

 

反対側にお邪魔する。

この先のカーブで専用線と本線が合流する。

 

この路線が休止になったのは1998年10月で、それまでは、米軍関連施設の近い鶴見線安善駅や横須賀線田浦駅から、この専用線を通し厚木海軍飛行場への燃料輸送が行われていた。

 

間もなく休止から10年が経過するわけだ。

写真右の入替信号機は停止を現示しているが、

その10年間、この入替信号は「停止」を現示し続けている、ということになる。何だか、切ない。

 

桜が、ちょっとだけ顔を覗かせている。

 

 

友人を連行し行進開始。駅前で買ったジュースをふたりで飲みつつ歩く。炭酸が喉に染みる。

 

 

線路は民家のすぐ後ろを縫うように走っている。

まるで木造の小さな車両が走りそうだ。

 

だが実際は、此処を走ったのは紛れもなく、

機関車と貨物列車という、このシチュエーションには不釣りあいな車両たちだ。

恐らく、かなりの音がしたと思う。

 

 

思ったよりバラストの上を歩くのは大変だ。

というわけで枕木の上を歩くも、矢張り大変だ。

 

まずはひとつ目の踏切が見えてきた。

更に奥に見える踏切へと進んでいく。

 

3つ目の踏切が見えてきた。

写真の右下のほうに、丙号距離標が見える。

 

丙号距離標は、甲号距離標(通称:キロポスト)を

100分の1間隔で設置したものだと思っていただければいい。

 

数字には「2」とある。

つまり、この地点は起点から200メートルの地点であることを意味している。

 

踏切の近くにあるボックスには、それぞれ「航2」、「航3」と番号が振られている。

恐らく「航空隊線」の略称だと思われる。

 

3号踏切」の全貌。

警報機はあるが遮断機のないタイプ(第3種踏切)である。

 

この踏切を通る道路は、県道40号線である。

2桁県道ということもあり、交通量は多い。

 

この路線の扱いは「休止」だが、「運行を再開する」といってすぐに再開できる状況ではない。

その代表例が、この写真だ。

 

3号踏切の端に、恐らく不法に放置されているゴミで、他のサイトのレポートにある3号踏切の写真にも必ずゴミが写っている。

 

取り敢えず、どけて下さい。

 

3号踏切の先で、線路は左へとカーブする。

奥に写っているのは、歩行者専用の「踏切」ということになるのだろうか。ご教示いただきたい。

 

疑惑の踏切。

これを見ると、どこか違う時代へタイムスリップしたのではないかという錯覚を受ける。

 

疑惑の踏切の先にも、更に疑惑の踏切があった。

こちらには、「STOP でんしゃにちゅうい」という

看板が設置されている。

 

―この状況では、注意するのはむしろ電車だ。

 

車が線路の上に停車されている。

 

車が停車されていた踏切から、終点方向を臨む。

しばらく直線区間が続く。

 

次の踏切は、踏切合図標識(黒いボックスに×マークのように光が灯る標識)に「5」とあったことから、「5号踏切」と思われる。

 

ということは、疑惑の踏切のうちどちらかが「4号踏切」ということになる。

 

この踏切も、遮断機のない「第3種踏切」だ。

 

5号踏切から終点方向を臨む。未だ直線だ。

 

400メートルポスト発見!

そういえば、「3」は見なかった気がする。

 

しばらく行くと、6号踏切にたどり着く。

この踏切が交差する道路は、東名高速道路の側道ということもあり、車の往来は多い。

 

6号踏切を過ぎるとすぐ、隣合せの「大和6号橋」を渡っていく。この踏切の下は、東名高速道路だ。

 

鉄道好きで車好きの友人は、「廃線を楽しみつつ車も楽しめるなんて、最高のスポットだ」とご満悦。

 

 

大和6号橋の途中に、背の高い1/2キロポストを発見。メートルポストの「5」に相当するわけだから、起点から500メートルということになる。

 

 

大和6号橋を渡りきると、今度は「7号踏切」がお出ましに。つまり大和6号橋は、6・7号踏切に挟まれる形をとっているということだ。

 

踏切を越えて、友人とまた話しつつ歩く。

進行方向左側(線路の北側)には、基地で働く人の専用駐車場があった。ナンバープレートは全て「Y」という異様な光景。

 

ぼーっとしていたら600メートルポストに遭遇。

 

600メートルポストを越えた辺りで線路は南にカーブし始めた。最後のカーブ、終点は近い。

 

疑惑の踏切PART3。

こいつは踏切ではないらしい…(前の踏切が7号で、次の踏切が8号だったため)

 

最後の踏切「8号踏切」。

この写真の左側に進めば、もう終点だ。

 

8号踏切で背後を振り返ってみる。

雑草が生えはじめているのがよく分かる。

 

 

8号踏切より終点の基地方面を臨む。

線路はフェンスの向こうに吸い込まれるように、

ただまっすぐに進んでいた。

 

が、線路はフェンスの前で途切れていた。

確かに他のレポートには、フェンスの奥にも続く線路が写っていたのに。一足、遅かったか。

 

勇気を出して撮ってみた。

土の色が違うところは、線路があった場所である。

 

他のレポートの写真では、線路は左のほうに3回くらい分岐していた。ひとつめの分岐は、写真中央から左に向けて写っている。

 

これで、調査は終わりだ。

恐怖と達成感で思わず身震いした。

 

 

 

 

 

おまけ。

 

 

疑惑の踏切PART3付近で発見。

 

最初に見たとき背筋がゾクッとした。

コンクリートに貼ったガムテープに、四角形と音階が書いてあるから、恐らくピアノの鍵盤を模しているものと思われる。

 

「ド#」はドとレの間だから「ドレ」、「ミ♭」はレとミの間だから「レミ」。何となく分かる。面白い子供心だ。

 

終点付近に埋まっていた。恐らく境界表示だろう。

まだ「防衛庁」時代のものだ。

 

字の消えたホワイトなメートルポスト。

終点付近にあったので、恐らく「7」か「8」が書いてあったと思われる。

 

あとがき

重かった腰が最終的に首を絞めた感じです。基地の中に残っている線路も撮りたかった…

ですが、何だか不思議な気分になりました。本当に、違う時代にいたようです。

廃線探訪は、これがあるから止められないんですよね。

 

また、友達と廃線探訪に行くのは今回がはじめてだったので、いい経験になりました。

 

長く探訪しすぎで帰りの電車に乗り遅れて、メトロはこねを撮り損ねたのは秘密です^^;


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