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Cielo Estrellado's Reports
国鉄鶴見線 石油支線 Part1
空色の駅舎は今も健在。
2007年3月30日 調査
※この路線は現在、安善駅の構内側線として扱われています。「石油支線」としては「廃線」、「側線」としては「現役」となります。


> Top > Report > 国鉄鶴見線 石油支線 Part1 (現在地:You're here.)

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まえがき

唐突だが、私には2つの思い出がある。
以前鶴見線の調査をしたとき、安善駅から南に延びる謎の線路を電車内から目撃した。
以来それが忘れられず、ある時何を思い立ったかGoogle Mapで安善駅近辺を調べていたところ、安善駅の南にホームらしきものを目撃。

もしかすると、これが以前見た謎の線路かもしれない。
そう思った私は、第一次 新興線調査の前に、この地を訪れることにしたのだった。

そんな理由で訪れた地にあった謎の線路、実はそれがこの「石油支線」だったのだ。
(正確に言うと答えは微妙に違ったが、詳しくはレポートの最後で。答えを知らないまま読み進めても問題ありません。)


◆石油支線概略

不思議な名前をしているこの支線。それは、この石油支線の終点が「石油」という駅だった事にある。
さらに石油駅は、石油精製所(昭和シェル)に近かったためこの様な名前がついたのである。

鶴見線の前身、鶴見臨港鉄道が浜川崎(現在の位置とは少し異なる)から弁天橋に貨物線を敷設したのは、1926年(大正15年)3月10日のことだ。
石油支線と石油駅は、その1ヵ月後の4月10日に貨物線・貨物駅として開業している。鶴見線史では比較的に初期の開設だ。

石油支線の歴史は下記の年表をご覧頂きたい。

◇西暦/年号/月/日◇概略◇内容
1926年(大正15年)3月10日鶴見線のはじまり鶴見線の前身、「鶴見臨港鉄道」が浜川崎(現在の位置とは若干異なる)〜弁天橋間を貨物線として開業
1926年(大正15年)4月10日石油支線の開業

石油支線(石油支線分岐点(安善町※註1構内)〜石油間)が開業、石油駅(後の浜安善駅)開業

※註1 - 安善町駅は現在の安善とは異なる駅で、既に廃駅。かつて武蔵白石〜安善間に存在した。

1930年(昭和5年)4月1日石油支線の旅客営業開始石油支線分岐点を駅に昇格させ安善通駅(現:安善駅)を開業、石油支線で旅客営業開始
1931年(昭和6年)12月8日最初で最後の途中駅の開業安善通〜石油間に安善橋停留場開業
1938年(昭和13年)12月25日再び貨物線に石油支線の旅客営業廃止。安善橋停留場廃止
1943年(昭和18年)7月1日国有化、駅名の改称国有化、国鉄鶴見線石油支線に。安善通駅を安善駅に、石油駅を浜安善駅に改称。安善町駅廃止
1986年(昭和61年)11月1日石油支線の廃止石油支線および浜安善駅廃止。

ちなみに、鶴見線内に「石油」なる駅があったことは知っていたが、石油支線の存在は知らず、石油駅が存在した場所も知らなかった。
つまり、今回の調査は、「石油支線を石油支線だと知らずに調査していた」ということになる。
この解説は帰宅後の机上調査で得た情報であり、調査当日は全く知らない情報だった。

今回、図らずも石油駅にたどり着くことになったが、これは偶然だった。何しろ、地図の上空写真だけを見ての旅だったのだから……


早速見つけた石油支線と謎のゲート

安善駅で鶴見線から下車し、そこから南に向かう。
本線の踏切を渡り南下していくと、左手に柵、その奥に線路が見えてきた。
これだ。これが、かつて私が探していた鉄路だったに違いない。私の心は躍った。

読者の方はもうお気づきだろう。ここがかつての「石油支線」である。
今なお安善駅の構内として、違う形でこの地に生き続ける、廃線といえば廃線、現役線といえば現役線である鉄路だ。
ちなみに、私は帰宅後の机上調査まで、この線路が現在も利用されていることに気づかなかった。

私は現地でひとつの事に気づいた。
この鉄道門は石油支線のものではなく、石油支線からの専用線のものだが、この英語は何だろう? わざわざ英語にしないで平仮名にすればいい話なはずだが。その時は、そう思っていた。

横浜市鶴見区 安善町1丁目にて

ゲートその2

線路沿いに更に南下していくと、またゲートを発見した。
ゲートのそばには、米軍基地にあるような日本語と英語で表記されたなじみの無い看板がある。

写真左に看板があるが、写真だと見難いので原文を載せておく。

「火気は絶対に禁じます。マッチ・ライターなどは外に出さない事。出した場合は没収されます。」

横浜市鶴見区 安善町1丁目にて

僅かにきらめくレール

レールの色具合から見て、列車はそれなりに来ているようだ。

安善橋:横浜市鶴見区 安善町1丁目

安善橋南端

1丁目と2丁目の境、安善橋の南端から線路を眺める。
あそこにあるコンクリートのような物は、恐らくは車止めではなかろうか。

近くまで寄ってみると、線路が撤去されてそこには枕木だけが残っている部分があった。
この撤去された線路は、この車止めに続いていたのだろう。

ちなみに、この橋の北端には、かつて「安善橋停留所」という駅が存在した。
追記@3/25:なお、この「安善橋停留所」は今後再調査し、新たなレポートで詳しくお届けしたい。

安善橋南端:横浜市鶴見区 安善町2丁目にて

補修されている踏切

安善橋を更に南下していくと、踏切に行き着いた。
この踏切には補修された跡がある。
つまりは、この踏切が必要とされているということ。転じて、今も列車は走っているということ!
―と旅先で推測した。

横浜市鶴見区 安善町2丁目にて

簡素な踏切。名を「日石カルテックス踏切」と言う。

踏切のすぐ南側で、進行方向左手に小ヤードが現れる。

そのヤードからは一本の分岐線が延びており、それはヤードから徐々に右にカーブしていく。
その線路を目で追っていくと、なんと私が立っている目の前で道路を横切っていくではないか。

よく見ればポツンと簡素な踏切標識があったが、ヤードに気をとられていたこと、それから電柱の威圧に押し負けていることもあり、全く気づかなかった。
追記@2009/3/25:簡素な踏切ながら、一応「日石カルテックス踏切」という名前があるらしい。

日石カルテックス踏切:横浜市鶴見区 安善町2丁目にて

閑散としたヤード

ここで安善方面に振り返る。
かつては大きなヤードだった痕跡があるが、現在はこの通り閑散としている。

写真真ん中へと延びているのが、先述した「ヤードからの分岐線」。

横浜市鶴見区 安善町2丁目にて
それにしても、日石カルテックス踏切はあまりにも簡素すぎた

このように道路を横切っていく。遮断機などは一切無く、先ほどの簡素な踏切標識があるだけだ。
遠目で見たら、ここが踏切だと一発で気付く人はそうそういないだろう。

ちなみに、写真は振り返ったまま。写真奥が安善駅方面となる。

日石カルテックス踏切:横浜市鶴見区 安善町2丁目にて

分岐線の行き着く先

ここで進行方向、南側に向き直る。

分岐の先にはこのような鉄道門があり、線路は敷地内に引き込まれていった。
鉄道門に掲げられた看板には、また英語が書かれている。この一帯の「英語表記」は、何を意味している……?

横浜市鶴見区 安善町2丁目

と一件落着(?)し、道路を渡りなおして左手のヤードに沿って南下。

が、やがてヤードの線路は一本、また一本と分岐で一つずつ減り、最終的に幹線らしきものは1つになってしまった。
この先はもう無いのだろうか、いや、まさかそんなはずは……と思っていた矢先……

空色の浜安善駅舎は、なんと現存していたのだった。

「――え、なんですか、コレ。」

この空色の建築物を見た瞬間、頭を駆け巡った言葉はコレだった。
続いて、よく現存していたなという感動が後れてやってきた。

国鉄鶴見線 石油支線の終着駅、かつての石油駅である浜安善駅。

なんと、1986年11月1日の廃止以降、この駅舎は20年の時を経て今なお現存していたのだ!

淡い空色の駅舎は、時代と共に色あせていったようであった。所々塗装が剥げ落ちているところにも、時代を感じた。

浜安善駅舎1

浜安善駅は、1926年に安善通(現在の安善)から石油(後の浜安善)に至る石油支線が開通した際、終着駅として設置された。
貨物専用線として開通したが後に旅客扱いも行うようになり、1943年7月1日には浜安善に改称した。
廃止はそれから43年後、国鉄民営化5ヶ月前の1986年11月1日だった。

廃止後20年の時を経て、今なお現存する駅舎。
かつて多くの枝線を延ばした石油支線も、今ではひとつの枝と幹をそれぞれ残すのみである。

写真左のコンクリートは、どうやら車止めの役割を果たしているらしい。
写真の通りかつては更に南に専用線が延びていたが、もう使われなくなったのであろう。それで、この処置のようだ。

ちなみに種明かしをすると、先程のヤードは、浜安善駅現役時代から使われていた、正真正銘かつての「浜安善駅構内」のヤードである。

浜安善駅舎(跡?):横浜市鶴見区 安善町2丁目にて
浜安善駅舎2

別アングルからもう1枚。うむ、この手前にある真新しい人工物は邪魔だ。(^^;

ちなみに、この駅は線路を追っていってたまたま出会った。
この駅がここに存在することも、「謎の線路」と言って調査を始めた線路が「石油支線」であったことも、調査時は全く知らなかった。 私としては、実地調査中最大の奇跡かもしれない。(←大袈裟?

浜安善駅舎(跡?):横浜市鶴見区 安善町2丁目にて
ガテックス専用線起点

コンクリート製の車止めの先にはまだ線路が延びているが、すぐそばで鉄道門で封鎖されている。
鉄道門の奥は所々線路が撤去されており、痕跡がのぞめなかったので、調査を終了することにした。

なおこの専用線は、「ガテックス専用線」なる線路であることが、帰宅後の机上調査で判明した。

ガテックス専用線起点:横浜市鶴見区 安善町2丁目にて
おまけ
今回のおまけは、「謎の英語」の種明かしと、石油支線の詳細。
モービル専用線跡

安善橋と浜安善の間には、かつてもうひとつの分岐があった。それが、この「モービル専用線」だ。

残念ながら詳しい位置を把握できなかったので、レポート本編には追加できなかった。
再調査の後、詳しく紹介したい。

廃線初心者でも、かつてここに線路があったことは想像に難くないだろう。

さて、この鉄道門に関連して、先程の「鉄道門に掲げられた英語表記の看板」を思い出して頂きたい。
今回は、その種明かしをしていこう。

モービル専用線跡:横浜市鶴見区 安善町2丁目にて
相手はなんと米軍だったorz

早速だが種明かしをしよう。

実は、線路の両脇には、米軍の貯油施設が点在している。
英語の看板が掲げられているゲートの先は、「米軍施設」ということになる。

ゲートの先が米軍施設だから、英語。お分かりいただけただろうか。

ちなみに、これは米軍施設のフェンスに掲げられていた警告看板。

在日米軍鶴見貯油施設:横浜市鶴見区 安善町2丁目にて
星条旗と日章旗 - ゆきふりオワタ\(^o^)/

フェンスの向こうは別世界に違いない。
やたらにカメラを向けていいものか疑問だったので、非常に焦った記憶がある。

※写真に問題がある場合、即座にご連絡ください!

在日米軍鶴見貯油施設:横浜市鶴見区 安善町2丁目にて
米軍専用線 境界標柱

話が前後して申し訳ないが、道路を横切る分岐までさかのぼる。
実はあの分岐、米軍の貯油施設に至る「米軍専用線」だったのだ。

実は専用線がヤードから分岐する地点には、このような境界標柱が存在した。
あの時コレに気付いていれば、英語の理由もすぐに分かったんだろうけどなあ^^;

米軍専用線 境界地点:横浜市鶴見区 安善町2丁目にて

精神的比較画像

ここで、もう一度分岐した専用線を見ていただこう。
どうだろう、言われて見ると米軍施設っぽい感じがしないだろうか?^^;


さて、今回調査を始めたきっかけのひとつは、Google Map の航空写真で「安善駅の南にホームらしきものを発見した」ことがきっかけだったのを覚えているだろうか。忘れた人は「まえがき」を読み直しましょう^^;

今回たまたま行き着いた浜安善駅にはホームが無かった。そのため、本来探すつもりであった「ホームらしきもの」には至っていない。実はそのホーム、米軍専用線の貨車ホームのようである。
帰宅後にじっくり調べなおしてみたが、ホームがあるのは私が歩いてきた道路の西側だった(浜安善駅は東側)。道路の西側にあるのは米軍施設であるため、確実にそういう結果になる。

それじゃあ見つからないわな^^;

米軍専用線:横浜市鶴見区 安善町2丁目にて

あとがき
昔の記憶と、地図で見かけた謎のホームが駆り立てたこの旅。
図らずも浜安善駅に出会い、帰宅後この駅の名前を手がかりにして、石油支線の存在を知った。
更に実地調査で安善町に行った経験と地図から、謎のホームは米軍貯油施設内にある米軍専用線のホームであることも分かった。

とにかく、偶然にも浜安善駅と出会えたことは、大きな喜びとなったのは間違いない。
たたずむ米軍の威圧が気になるが、 臨海好きの私には持って来いの廃線である。

なお、列車は来ているようなので、もう1度訪ねる意味は十分にありそうだ。


Cielo Estrellado's Reports
国鉄鶴見線 石油支線 Part2(予告編)
米軍基地への引込み線は、ただの飾りではなかった!?
2007年8月15日 調査


あの興奮から早1年が間も無く経過しようとしていた――
図らずも、廃駅となりつつも青空に負けない空色を見せてくれたあの駅舎に出会った興奮は、簡単には忘れないもののひとつとなった。

レポートの3枚目の写真から、列車は頻繁に来ていると私は推測していた。
2007年3月30日の第1時調査の時点では、推測だけであったが、その後帰宅後の机上調査で、この専用線が東京の拝島駅から燃料輸送を行っていると知った。

とある日、その憶測と情報がウソでないことを悟る。
そう、ほぼ確信が持てる情報を得る事に成功したのだ。

飾りになってしまったと思っていた線路の上に、列車が走る。

これは見逃せない!!!

↓↓↓

というわけで、ゆきふりほしみは新たな情報を手に、飾りになってしまったと思っていた鉄路を駆ける列車の撮影に向かう!
それでは、「国鉄鶴見線 石油支線 Part2」レポートをはじめませう。


This report was written on 9/29 2008.
Last modifying is 4/29 2009.

reason for modifying :

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